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ある阿呆の叫び

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2008年10月 2日 (木)

2008 年10月・11月・12月

    (生活費)

 今日から観音寺記念。例によって他場の開催はお付き合い程度か小田原・西武園の同時開催はあるがそれにしてもチャレンジステージは狙いにくい。若手新鋭同士のパワーが違いすぎるのか競輪道のマナー未熟によるのか踏み込むポイントが解かっていない。脚力の割りに取りこぼしも目立つ。Line に迷惑を掛けたりでLine で決まっても低配当。新鋭同士のパワーで決まっても低配当。オッズ間平等は良いが車券投票する側から云えば折角本線Line を見切ったのに狙ったフォーカスと本線フォーカスとにオッズ差が生じなかったりでは穴を狙う意味も本線を狙う意味も薄れよう。承知で投票するのだから◎の消えたRace ではそれなりのオッズを要求したい。選手間格差は承知の上で弱者が強者を破る夢を追い続ける。穴党の存在意義もそこにある。FⅡ の同時開催はいいのだがチャレンジRace は手出しを控えている。貧乏人だから発売する全Race を購入する訳には行かない。面白く的中し利益を生むRace が最高のRace だが該当するRaceは少ない。仕方なく観音寺を狙う。初日だけに出走する全選手に優勝のチャンスがある。特選組みは足慣らし。明日以降を見据えての練習Race  にならぬ様心がけるべきだろう。多くの善良で真面目な貧乏人の生活費が賭けられている。生活の余ったお金で車券は買われているのではない。スタンドまで足を運んだ貧乏ファンの為にも全力投球で頑張って欲しい。売上金はファンの生活費だ。

   (オッズ)

 今TVでアラフォーなる言葉が飛び交った。固有名詞で人の名前か何かだろうと想像していたが言葉としての意味合いに欠ける。Google の出番だ。アラウンドフォーティーの略で35歳から45歳の年齢層の女性らしい。それなら松田聖子さんに憧れた年齢層として言葉が生きてくる。競輪選手でこの年齢層の選手も各地で頑張っている。聖子ちゃんに負けず精進努力されることを願う。ここ3日間完敗続きだからそろそろ当たりが回ってくる筈だ。丁度50Race 外したことになる。俺の場合面前の1個のRaceで当てようとしない。トータルで的中時にそれまでの投資金が回収される様に努力はするが殆どが掛け捨て保険同様満期時に払い戻されることはない。保険事故(死亡時)のみ払い戻される様に投票事故(的中時)のみ払い戻される。怖い車券は一杯ある。それを全部投票しては競輪は成り立たない。元でよければ初めから車券を買わねばいい。まして赤字でよければさらに競輪に顔を突っ込むより酒でも飲んでいたほうが増しだ。

 貧乏人が短時間でお金を儲けたくて手を出すのが競輪だ。半月後1ヵ月後に欲しいだけのお金なら黙って働いていれば良い。昼までに今日中に金策したい。他人に迷惑を掛けずに短時間で金を儲けたい貧乏人が繰り返す職業みたいなものだ。そこで1日の資金¥1,000で何とか¥10,000にしたい。Race を厳選しオッズ10倍へ1点勝負かオッズ20倍へ2本¥500ずつに割るかオッズ101倍以上を¥100で10点に分けるかどれもリスクが高い。

 観音寺第1Race は面白そう。¥1,000負けた時の始末さえ出来ればまさかビデオ鑑賞店で火を点ける競輪ファンは居ない。あの容疑者は競馬らしかった。貧乏人は繰り返すしかない。

 オッズとの勝負それしかない。フォーカスを絞る唯一の条件はオッズだ

  (総お金依存症)

ブログを休んじゃいました。ずる休みです。携帯は使用していません。日常の生活で電話を掛ける機会が少なく電話投票の機会がより多くなり惨敗の山構築に寄与するだけと判断して所持していません。そんな俺が友人と一泊旅行で家を空けブログは勿論インターネット投票も出来ませんでした。

 現在週休5日制でウイークデーの5日在宅時(殆ど)パソコンから投票するだけです。外出時は出来るだけスポーツ紙も読まないようにしています。兎に角負ける機会を意識的に少なくしようと自分なりに努力しているわけです。不思議なもので慣れてしまえば競輪投票を休んでも我慢できるしRace結果も気になりません。自分でも競輪依存症とは思っていません。 

 但しお金が欲しいだけです。人生で一番競輪へ頭を突っ込んでいた時代も主体は競輪ではあったが競馬でも競艇でもオートでも間に合うRace場でさえあれば何処でも出かけていました。お金が欲しかっただけです。お金依存症であってギャンブル依存症では無いつもりです。サラリーマンはじめ職業人は皆お金依存症ではないでしょうか。 国民総お金依存症であることは間違いないようです。蓄えや金品の裏づけの多い人は空気同様の感覚になるのかお金が生活の中で顔を出さずに取り造ろうからでしょう。

 今でもお金依存症には違いありませんが生涯競輪貧乏で世を渡ってきただけに貧乏慣れし骨肉にまで貧乏菌が行き渡りお金依存症は軽度だと思います。

  (落ち目)

どう買う基本的には相前後する選手間裏表が最もポピュラーな車券戦術となろう。周回中は一目10両連結の列車の様に綺麗な直線状態で回を重ねる。僕はこの直線を競輪直線と読んでいる

 誘導員-先行-番手-マ-ク-別Line(1)-別Line(2)

 又各Line の中身は先行(or自在)- 番手-マ-クと分かれるのが基本で途中まではLine 戦でゴール前は内紛が通常競輪競走のパターン。

 車券を絞り込む作業に有って初めから別Line 間選手を組み合わせるフォーカスから入るファンは少ない。チャレンジRace の新鋭同士ならいざ知らず後続する選手の千切れが想定できぬRace に於いて相前後する選手同士のフォーカスなら観戦しても途中までは納得して見て居れる

 先の共同通信社杯決勝では山崎の番手佐藤友和の頭で別Line の核弾頭平原康多が2着ゴールで1点投票組みでは買い辛いフォーカスだった。今後もこの番手-他Line の先行の決まりは少なく有れば高配当は間違いなしだ

 今日からびわこ大津競輪。ナイター松戸まで一杯Race は目白押しだ。何を買う筋の30倍を基本路線に。昨日の弥彦は出足から狂った。番手→マ-クのズブズブまでは行けるのだが交わしの交わしマ-ク→番手までは手が出ない。

 朝の2連敗を裏目で外し丸1日尾を引いた。惨敗だった。他の方法を採ったとしても結果的には惨敗になるのだが終日気分が悪かった。落ち目

  (1発弾)

 俺にとり連敗・連続外しの50や60Race は当たり前だが1日でこれをやるとさすがに響く。基本的に1点至上主義だから殆どを絞り込んだ上での話しだ。1Raceに多点20も30フォーカスも買い込んでは俺みたいに連敗・連続外しは辛かろう。多点張りならどこかで当てながらプラスマイナスのト-タルで負けたケースが多かろうが俺の投票方では連続外しながら負け込んで行く。狙いを中穴から大穴へ絞り込みながらの1点主義だから先ず的中するケースはまぐれでない限り有り得ない。

 鉄砲も百撃てば当たるとは云え三段銃で至近距離からの発射なら命中も考えられるが回転式銃でも飛び出す弾が1発では素人射撃人には過酷な問題だ。男性は1度の射精に数億の精子を放射すると云う。これでも1度の射精で子宝を射止めるケ-スは少ない。若し1個の精子しか放射しないセックスでは終身1精子放射の美学を追い求めるだけで偶にの僥倖にすら有りつけまい。

 俺のケ-スは2連単72種内での苦悶では有るが1点主義美学に酔いしれている。1度に72個の精子を射精すれば五体不満足の種子を射止めるかも知れないが懐妊することには間違いない。1個の精子と1個の卵子を結び付けたいだけで余剰分娩液まで考える余裕が無い。2枠単の33種2枠複の18種まで選択肢を減じてもオッズも自ずと減じ今のところ2連単に執着している。若し3連単へ趣向を変更したら恐らく向こう10年外し続けるであろう。弾の在庫がなくなるまで多発弾をめくら撃ちする方法が得策と思うこともあるが在庫がさびしく次の納入も期待できず1発弾の狙い発射で細々続けるに意義を見つけている。

  (最高の幸せ)

 このブログもマンネリ化し競輪の惨敗談義でひたすらに走るだけでは足を止めて覗いてくれる御人よしは少ない。元来競輪ファンの年齢層は高くサイト関連事項に疎い層でもある。我ら時代の貧乏人はお金さえ有ればまっしぐらに競輪場へ走ったものだ

 競輪の為なら全てを犠牲にして競輪へ競輪へと他へ回すお金など無かった。3度の食事すら的中するまで我慢と痩せ細った薄汚いルンペンそのもの状態で青壮年期を過ごした。車を乗り回し金ぴかの装飾品をぶら下げ派手な化粧の茶染め女性を連れ歩く若者の生活意識を疑う。車にしろ女にしろ装飾品にしろマンションだってお金を稼いだ後でだろうに。稼ぐ前から所有してしまうこれが今流なのだろうがカード破産への行程ではないのと疑いたくなる。

 物品代金へ回す前に競輪場の穴場へ走るこれがおじ様達の姿で有った。走れど走れどお金が膨れることは無かった。競輪の為競輪と引き換えに得たものは社会的に評価される物は何もない。ただ自由な時間が無限にある。これだけが誇りだ。今も@¥100の車券を細々狙い続けている。家も車も家庭も妻子も無いがだって自由なんだもの競輪の代償は大きい最高の幸せとは自由であることそうでも思い込まねば競輪を続けられない。

 むしろ貧乏菌に抵抗力が無い生涯職業人を貫いた面々が却ってお金依存症は重度でお金の手離れに弱いようです。

 競輪慣れ貧乏慣れ緊急出費慣れしてる分代理出費したりして割り勘なんて面倒と、

 払いを渋る何十倍も財力のある方の分まで払ってしまったりして後で頭を抱え込む羽目になったり一般社会での遊泳術は苦手の貧乏車券師は多いようだ。

 俺には競輪がある。何とかする。死ぬまで繰り返す馬鹿さがある。永久に浮かぶことなく続く競輪と貧乏。

  (子弟愛)

 京王閣が終わったら花月園他計14場の開催が始まった。今度はいっぺんにあっちもこっちも投票したくてたまらない。昨日までが1場と規制し今日から規制緩和で何処でも買いなさいではおかしい

 各会場の入場者数激減の中7種の賭け式を発売し総発売数100枚程度でオッズを表示しさあ買えじゃ選手主体の投票者ならオッズの2倍3倍でも買えようが貧乏車券師¥100券1枚投票するにオッズは絶対見逃せない

 オッズが選手に優先してのフォーカス絞りである以上選手に惚れることは無い。どんな素晴らしいタイムを叩き出そうと次走でそのタイムが出る訳じゃ無しと常に冷静だ。これから選手を目指す訳じゃ無し兎に角高配当をゲットし金儲けを企み上手く行けば今夜美酒に有り付ければ幸いと50年続けてきた。

 ネームバリューに踊らされることも無く狙い目であれば引退前の選手で結構無気力Race も大有り結構八百長だって有った方が却って面白い。競輪なんて人間社会なんて全て談合・譲り合い・話し合いで文化は少しずつ発展すれば良い目くじら立てることは無い。何処かの協会とは違う。堂々と後輩が先輩を自分の着を度外視して引っ張るのが競輪だ。素晴らしい師弟愛

  (幸せな人へ)

  今日は立川初日第1Race でとてつもない大穴が飛び出した。なんと2連単で¥778,050と超大穴だ。寝ぼけ眼の早朝ファンも目の玉が飛び出したであろう。最近データー収集等さっぱりの出たとこ勝負でお茶を濁しているから不確かだがひょっとして2連単配当の最高額ではなかろうか先頭固定以前のトップ引き時代に千葉の枠単で5-5で¥230万余の記憶は有るが先頭固定員制になってからは記憶がない。70番人気と云う。この9→6と1→6が共に1票で72番人気は6→5で0票若しこちらのゴールなら特払いで味も素っ気もない結果であったろう

 因みに3連単配当は9→6→7で¥926,660で389番人気で参考まで。ナイター平塚第8Raceは2連単8→1で¥99,250本来ならこれもびっくり配当の筈だが立川のギネス級大穴に比し萎んでしまう。共に俺の守備範囲外で肝を冷やすだけ。馬鹿だオタクだパラサイトだと自身を含め罵詈雑言非難続けているがこんな素晴らしい配当をゲット出来る数奇なファンも居てうれしくなった。貴方は偉い神様だ

 余り褒めると明日からが心配だが深みに入らぬ様精進されたし。幸せな人へ

 (ゼロでなければ)

 今日は全国16競輪場の開催となる。平均11.5Race のプログラムとして単純184ヶのRace から厳選できる。熟練した車券師向きの勝負日だ。1場開催1極集中型発売日と比較して博打向きな対象Raceを決め打ち出来るところがプロ向きだ。GⅠ決勝日ともなると決勝戦以外は消化Race で負け戦。終わり次第選手は家路へ急ぐ。勿論次の練習へ取り組む例外選手も居ようが仕事後の集中力の弛緩は一般人と同様で何がしかの賞金まで考えれば給料日みたいなもので安全操業安全帰宅の思いでの職務遂行となる。全国1場開催で選手名に踊らされて気乗り薄なRace を押し付けられ投票するプロは居ない

 唯一の便りの綱で有るべき決勝戦が準決勝の勝ち上がり次第のメンバーでは買い目の多いファンの購買欲を掻き立てる出走表が出来る保障もない。単不動になったり自力自在の転回無視の選手に独占されたり追い込み型主体で動く選手皆無のRace をさあ買えでは競輪依存症の男達でも手出しが出来ない。多場同時開催の必要性はここにある。スポーツケイリンなら車券発売を中止せよそして他のスポーツ同様休日に開催し入場料収入TV放映権等運営の道の開拓をせよ

 俺は博打競輪が良い。選手の技術・スピードは並で良い。 賭けの対象Race は多ければ多いほど良い。金持ちへの可能性がゼロでなければ

  (先行選手の番手戦)

   戦いの主戦法を逃げで押し通す選手にも同県同地区の若い芽が育ってくると否応なしに番手が転がり込んで来る時が有る。要するに逃げ-逃げ-Markの隊列で走れるのだから鬼に金棒で前を駆ける逃げ選手を使えるだけ使って他のLine が迫って来たところから一気に発進すれば後位のMark 選手を引き連れてワン・ツ-が決まり易い。

当然人気になり易く低配当も仕方ないところだ。反面前を残す逃げ-逃げ残り車券は盲点になり易く以外に高配当に成る場合が多い。通常逃げ選手が頭の場合そのMark 選手とのフォーカスを買うのが定石だがオッズ次第で一考を要すのがこの前残りフォーカスだ。

逃げ選手は横に弱い。他のLine の捌きや浮きゴマ追い込み選手が横に来たら番手を死守出来ないのではとの心配も有ろう。ところがそこが又狙い目でもある。逃げ選手は以外に追い込み選手に信望が有り各地Raceで後ろを回らせてもらった借りもある。

たまには彼にも番手を回らせてもとの思いも走るのだろう。横に行くにもジェスチャー程度で以外と番手無風のRaceも多い。しかも前を走る逃げ選手の心理も把握済みで番手捲くりは最終手段と考えているようだ。逃げ-逃げの並び自体少ないだけにオッズ次第だが

盲点になる。今日は広島ふるダビ最終戦逃げ-逃げ並びが有るか未だ検討していない。有ったらオッズ30倍以上を条件に一発行きたい。

 (自由)

 競輪を覚え投票を続けること事体は悪いことではない。生活を犠牲に家庭を家計をさらに職場の会計にまで手を出し資金に回す極一部の脱線者が居るからだろうか人にも拠るが他の趣味、娯楽、遊び、スポーツ、芸、学問、研究等々収入源の無いまま或いは収入以上の財源をその目的のためにつぎ込み盲目状態に陥る人が居るからだろう。何事も石の上にも十年他事を忘れ没頭しても目的達成出来る人は僅かだ。それでも目的達成できた人は好い。初めから不可能事な目的を設定した場合が困る。思いつく不可能事は一杯ある。少年少女の内は許されるとしても常識の範囲内での目的設定でないととんでもないことになる。競輪投票で生活を続けるなる目的もその最たる物で起こりえない問題に取り組むことになる。そして永遠答えの出ないまま人生の最期を迎えよう。仮にありえない事と答えは出ていたとしても本人は自己否定・人生否定になってしまうだけに渋々没頭を続けざるを得ない

普通の人が普通に生活して目標の達成できる範囲内のことつまり10万人の人が志8割程度は達成出来る目的なら許されよう。大人になったら結婚しようこの程度の目標は可愛い。逆に大人になっても結婚しないぞこの目標はどうだ普通に生活してる人なら頗るハードルの高い目的設定だが普通に生活していない人なら意外と簡単にこの範疇の仲間に入ってしまう。弁護士試験へ合格せねば結婚しないぞと問題提起し婚期を失してしまった友も居る。身に余る目的設定から就職の遅れた高齢初就職者・高齢フリター・高齢ニート色々考えられる。俺の場合は競輪で飯が食えねばの目標設定が高すぎ何も出来ないまま現在がある。手枷足枷になり好い面も有ったが鳥瞰的視点に立てば何も出来ない何も無い哀れ人生の見本みたいだろう。でもお陰で自由な現在がある。自由と云う財産を手に入れたことになろうお金には換えがたい財産だ。そう思わねば自己否定になってしまう。

   

      (繰り返し)

 性欲激減どうでも好いことに成り易い。競輪に痛みつけられ競輪バイオレンスからの心理的圧迫からのインポテンツのデーターを執った訳じゃないが個人的にはそう思う。競輪欲も何故か減退している。どうでも良くなっている。買うには買うが習慣だからと僅かだけ買う。用事があれば止められるし当日の出走表も覘かなくて済む。お陰で大敗も無いが大儲けはさらに無い。競輪不感症状態が続き上手くすれば競輪を止められるかもしれない。競輪至上主義で生き抜いてきたので競輪を止めると普通に馬齢を重ねた同世代並みの生活観、社会観、経済観等多くの軋轢を覚える。そして競輪しか自分のより所の無い事を再認識し細々競輪投票が続く悪循環だ。未来永劫普遍的に競輪投票で勝ち続けることの不可能さを知る。最低限の生活費にまで手を入れぬ競輪との距離の保持競輪離脱の2大要素はクリア出来ている。反面多くの弊害が顔を出す。挙げたら限が無い。一つ一つ克服していく若さとパワーは既に失せている。そして連日競輪開催の波が押し寄せてくる。今日は松阪・静岡2日目だ。浴びるほど買うわけじゃない。小鳥の水浴び程度。競輪老人の身の置き所は他になく繰り返し細って行く

   (競輪とは)

 競輪は長期にわたり日常的に繰り返せばトータルで必ず負ける。但し面前のレースに限りとか当日の限られた数個のレースとか限定日とかスパンを限れば僥倖は可能だ。従って惨敗論者は日常的に繰り返す賭博常習者であり鮮度の浅いビギナーは幸福論者みたいなものでその怖さを知らない。単なる遊びの域を出ない幸せ者だ。馳せ興じるが良い。何の道もそうだが進行過程に置いて意見は別れ熟練者の意図するところを汲み取るには経験の裏づけが待たれよう。

 昨夜のブログで松戸最終レースの能書きを扱いた。見事に外し¥100負けた。競輪は負けるものである。結果は2→5¥200①番人気である。初めて買って初めて的中ししかも負けた方も多かろう。何故ならコーチ役の先輩諸氏は押え車券の講釈まで兼ね他に数点のフォーカスを助言されたであろう。そして的中しても負けることを学習する。

 次の段階が投票する車券の按配割り振りである。選び出した複数フォーカスのどれで決定しても利益が出る方法をと多点張りの弊害へと走ることになる。競輪とは利益の出る時は少なく損する時は多額の損失額になることを知る。ここまで来たら抜き足の利かぬ状態で深みに嵌り能書き扱きやへと成長しよう。

  (競輪の上手い貴方へ)

 儲かっていますか 上手いですね何時から続いて儲かっていますか別に収入源を必要としませんか貴方は神様です。以下の記事を読む必要はありません。車券投票だけで飯を食い家族を養い税金を納め社会の一員として日々活動している貴方そうありたいと願う気持ちがあるだけで立派な社会人でしょう。先ず上手い投資家気分で競輪投票を試みるなら先ず投票するファンが貴方一人の場合を考えてもらいたい。全投票金額が貴方の投票金額だけだとします。全種のフォーカスを買わない限り外れる場合もあり当たる場合も有ります。外れる場合は貴方の全投票金額は胴元の物となり特払いの70%返ってくるか的中の場合総投票金額の75%より増しだとしてもいずれにしろ必ず負けることを知ろう。

若しもう一人投票するファンが居てその人が¥100券1枚投票した場合も貴方が的中するとは限らない。①貴方も彼も的中する場合②両方共に外す場合③貴方だけ的中する場合④彼だけ的中する場合を考えても勝ちきる難しさは直ぐにでも理解できよう。ファンが2人3人4人5人・・・・・・n人と殖えていっても常に勝ちきる不可能さを早く理解すべきだ。例外の人が居ると信じるも良かろう。気付いた時は墓場の傍にへばりついている時だ。

  (予想紙数値)

 天気予報で降水確率80%や20%と報道されると80%の方は80の力で降り小雨や霧雨を予想したり20%の方は20の力で降り大雨や豪雨を予想する人は少ない。あくまで降るであろう確率で有って雨の状態内容まで意味してる訳ではないのだが。我々競輪ファンは予想紙上で多くの数値に出会う。選手名以外大半が数字で並んでいる。選手間の格差を数値で表示した場合が理解度を深める為だろうが何も数値に踊らされる必要は無い。先行数8と2の選手が居ると8の方が逃げ2の方が捲くりと早合点しそうだ。競争得点101と98を対比し前者が3点だけ強いと思い込みそうだ。選手もラインだと高得点者を前で回す場合も多い。先行選手の得点が99でその番手の追い込み選手の得点を110とする。この場合追い込み選手は先行選手を差せるかどうか逆に先行選手が120点でそのマーク選手が110点なら差せるか判断を迫られる。結果は差したり差せなかったりでそのレースの展開に左右される。我々も普段の生活で給料50万円の者と30万円の2人が行動を共にしその代金をいずれが払うか明確には云えない。人によりでその時々の双方の立場にも寄ろうが割り勘で済ます方が後腐れない。競輪選手は割り勘でレースを走る訳に行かず車券を投票するファンも懐具合で判断も迷おう。個人的に云えば競輪はタイミング次第で全選手に勝ち目は有ると思う。何を基準に判断するかだがオッズで判断している。それじゃお前他人の顔色を読んで1番最初に投票出来ないじゃないか弱虫だと詰よられそうだが長年の経験から2連単2枠単の大まかなオッズ予想はできる。

 選手も各レース毎に全得点を出し切って走る訳じゃない。持てる最高スピードで走る訳じゃない。特に追い込み選手は前を任せた先行選手次第で出番なく終わるレースも多い。120点の追い込み本命選手が99点の先行選手に前を任せても道中は99の走りしか出来まい。4角を2番手で入ってもスピードの乗りは99点で100点の猛追選手に抜かれても不思議ではない。数値に惑わされてはいけない。昨日もふるさと車券だと熊本の西川親幸選手を押した。一昨日が藤本博之で共に外した。それでもスザンヌパパは昨日頑張り名誉を回復した。俺は見切って投票は避けた。そのスザンヌが熊本県の宣伝部長に任命されたとか俺は精精熊本の選手を押して行きたい。

(ポワソン分布)

 今更難解な3連単学に頭を突っ込み老化した頭脳の再開発は避けたく2連単学までで競輪研究は終えたいと思う。年末宝くじも先日25日から全国一斉に発売開始されたようだが世界の統計学の権威達も綿密なデーターを収集して買い漁っているかは知らない。同様に競輪投票に統計学を導入して必勝法が確立できるだろうか答えはノーだ。数学の専門家でもなく学問的証明理論は持ち合わせていないが50年に及ぶ実戦経験からもノーに落ち着きそうだ。

 ラインA(先行)-B(番手)-C(マーク)が有ってC→Bで決定する確立は何パーセントか俗に云う交わしの交わしだがBが強力で自在気味の脚質だと通常B(◎)→C(○)と印を打つ。1番人気の裏になりやすいフォーカスでどの予想紙の掲載序列でも上位に位置する。ところが競輪を覚えてくるとなかなか購入し難いフォーカスで見切る場合が多い。むしろ新参者のヒット車券になりやすい。本命(◎→○)の裏で20倍30倍は常識の範囲。逆にBがベテラン操縦士の◎だとAを残しにかかる。

 B(◎)→A(○)と印を打つ場合もある。こちらの裏目A→Bは逃げっきりの単純フォーカスで買い易い。オッズは先行次第で何とも云えない。恐らく本命を2着に考える時の最初のフォーカスに上ろう。交わしの交わしの裏目より数倍は出現する。選手にとても番手を回って後ろから交わされるなんて屈辱で今後の選手生命にまで影響しそうだ。それくらい有ってはいけないフォーカスだが昨夜の四日市第10レース関東ラインで古屋琢晶(先行)-森田進(番手)-加藤日出和(マーク)からゴール前加藤が差してしまった。ズブズブの森田→加藤で起死回生を狙っていただけに痛い裏目だ。結果的に前日同様惨敗の日は続く。

 統計学の用語・ポアソン分布を使用するに適切かは知らないが今日は(マーク)→(番手)の50倍オッズから入りたい。そうだやればやるだけ負けこむのもポアソン分布の領域かもしれない。

   (オッズ上の狙い)

  人の癖、性格等遺伝や生活環境により形成されて行くのであろうが競輪投票も恒常的に繰り返すうち血肉に染み付いた習慣(癖)みたいなものが生まれる。習慣も自己をプラスに導くものは良いが悪い習慣となってしまって居るものは困る。競輪投票自体その最たるものだが

 解かっているのに止められない。車券戦術にも自然と癖は染み付く。負け癖も困る。これも仕組みの上から当然の帰結で努力修正の繰り返しで矯正されるものでは無い

 次いでフォーカスの投票点数、お金の割り振り、賭け式の選択、個人の感情の興奮度等挙げれば限が無い。どれもこれも結果的には悪習ばかりだ。解かっては居るのだが他人にそこを衝かれると痛い心に響く。やり場の無い感情は爆発しそうだ全て解かっているだけに耐えられない。まして競輪の同好の輩にからかわれると怒りはさらに天を突く相手も自身痛みが解かり切っているだけに半分以上自己本人への警告を込めた揶揄だけに示しが付かなくなる。

 それでも人間だから一旦入り込んだ道だから止められない。閑話休題。

 寒さのせいか最近逃げ残りが少なくなった気がする。勿論逃げ切りも少ないのかも知れない。統計を採ってる訳じゃないから断じることは出来ない個人的感じだ。ラインが有ってA(先行)-B(番手追い込み)-C(マーク)の並びからB→Aの逃げ残りが出にくくなっているのではないか個人的に買ったレースで外すからそう思うのだがだからと云ってB→Cのズブズブでの決まりも少ない。寒風を直受けする先行選手は戦法的には単純だがエネルギーのロスは甚だしい。脚力を作る為と若手が買って出るが末は持たない。業界の決まりごとで仕方が無いが4角皿足選手が伸びる。幾ら皿足でも4角第2集団ではどうにもならない。マラソンと同じ第2集団ではレースに勝てない。冬場は内戦突破失格審議ぎりぎりの突っ込む3番手辺りが漁夫の利か少なくてもオッズ上は狙い目になる。

   (運命なのだよ)

 師走なのに金が無い。否少ない。師走でなくても年がら年中金回りが悪い。賞与が無い。給料が少ない。職が無い。法を犯さずにやるとすればギャンブルしかない。その中でも人が脚で走るから選手の気持ち立場が解かり易くて競輪が良い。上記論法を繰り返して68歳まで生きて来た。何度この論法を繰り返して競輪へ辿り着いたことか今年も同様だ。既に師は走り出しているが競輪の成果は逆向きに走り始めている。3連単で6桁配当をゲットしたい。504通りから5桁以下のオッズを削ったとして各レース何通りのフォーカスがあるか数え切れないし数えているうちにオッズは変化する(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ。各レース300通りも買えるお金が有ったら2連単が良い。この論法も繰り返し現在2連単に重点を置く。予想は並びで考察する。絞り込んだフォーカスは予想紙掲載分と殆ど変わらない。オッズを見ても常識範囲で目標金額へ¥100投票では届かない。レイトを上げれば外した後が怖い。3度も連敗すると修復不能で3連単6桁7桁オッズへ念じ買いが始まってしまう。来てくれ来てくれと念じながらも資金は細る貧乏な初春も好い。毎年だから今じゃ大晦日も元旦も開催される。一時は豊橋ぐらいで遠すぎて公営競馬の船橋や平和島競艇でウサを晴らしたものだ。何時も何時も何処へ行っても負けていた。最後はワンカップ一杯のヤケ酒仕上げだった。正月だって根城に困ってあっちこっち徘徊した。ドヤ賃も電車代も無いのだものリストラなんて怖くない。食事だって日に1食で十分だ。

 そして今日、南関開催は川崎、平塚初日。金が欲しいから筋を違えて買うしかない。(逃げ)-(逃げ)や(番手)-(番手)でも5桁狙って入れるしかない。結果は惨めな結果を保証する。50年の実戦が語る。100%だめだろうしかし仕事が無ければ血眼になって車券を買い捲らねば気持ちも落ち着くまい。運命なんだよ

  (競輪の今後を憂う)

  何時も思うのだがGⅢクラスの競輪開催ですら他の競輪場を場外にしてまで一極集中的に発売しようとする。まして最終日となるとさらに同時開催を目論む競輪場は皆無状態だ

本場の入りが少なく選手賞金捻出の一環だろうが主催者の思惑通りメインの看板選手が決勝戦へ勝ちあがる保障は無い。今日の佐世保開設記念決勝戦へ願いの地元目玉の荒井崇博の姿は無い。荒井をサポートすべき九州勢も居ない。小野俊之、合志正臣、加倉正義みんな何処行った。準決勝戦で番組編成委員が策を凝らして作り上げた番組が凶に出た。10ヶの消化レースに1ヶの目玉抜きの決勝戦で全国発売したって売り上げ増の期待は出来まい

大相撲の千秋楽同様星合わせ番組に結びの一番その一番が前日優勝力士が決まっていたり横綱不在だったりでは大入りどころの騒ぎじゃあるまい。先日も何処かの競輪場の決勝戦で当日欠場選手が出8車立てにて優勝戦を発売した。

 こんなレースを無理に押し付けられるファンはたまったものじゃない。こんな時同時開催の他の競輪場があったらそっちのレースを買えるじゃないか競輪運営施行者の頭の悪さはあの麻生さん以上(異常?)だ。も買わない無価値なレースをメインに据えてさあ買え決勝戦ですよじゃ目の肥えた財産をとられ続けた貧乏ファンも買い控えざるを得まい。売り上げ低迷の最たる原因はこんなところにあるのだろう?俺は今日も買わない。競輪ファンは選手の誰が勝とうと負けようとそんなことはどうでも好いことだ。自分の投票した車券で儲けられたかだけが問題なのだ

 競輪ファンは選手のタニマチじゃない逆に選手から賞金の1部をもらいたいくらい負け続けて貧乏なのだ。ファンの大半は今渦中の削減派遣員どころじゃない。彼等以上に生活を賭け命がけで仕事代わりに車券を追い求めている。その上政治の介入は無い

 ファンの心理を読めぬ主催者なら単なる1スポーツへ近付くだけだ。スポンサーでも見つけて休日の昼間のみ開催すれば好い。車券の売れないスポーツ・ケイリンヘまっしぐらだ。競輪の今後を憂う

   (競輪馬鹿)

 暮に来てまで敗北続きは痛い。しかし競輪で金策を志す輩全て全員失敗と帰すであろう。何故なら普遍的継続的に必勝を続けられないからで有る。全戦全勝を目指すなら全レースを的中しなければならず。発売される全フォーカスを全種投票しない限り勝ち組入りの可能性はない。仮に2車立て競輪2連単が発売されたとする。選手はA・B2人とすれば2種の車券A→BとB→Aが発売される。この2車立て2連単での全戦全勝を考えると好い。全戦完的は可能だとしても全戦勝ち組入りを願うのは無理な話で有る。上記2種のフォーカスが五分に売れたとするオッズは1.5倍に落ち着く。2種のフォーカスの投票金の割り振りを考える必要はあるまい。全レース的中を繰り返しながら負け続けるファンの極端な例だ。少し利口になると全レースの的中を捨て2回目、3回目、4回目・・・・・と複数レースでの勝ち組入りを模索するようになる。いずれこちらも馬鹿な相談であることを自認するであろうが無限の自然数を相手にしない有限のファンの作り出す極僅かな売上金の枠内での話では5回も外しを繰り返すとお手上げ状態になる。ファンは学習を繰り返してさらに利口になり屁理屈を抜かし始める。お前有りもしない2車立て競輪を想定しての話だろう現実に全フォーカスが1.5倍のオッズ等有り得ないじゃないか馬鹿野郎最後に馬鹿野郎をつけるところが立派な競輪馬鹿の入り口である。

 (陰の声)

 当ブログを続ける真意は何か自己反省(叱咤・激励・鼓舞)が主で競輪失敗組みの先輩としてささやかな助言にでもなれればの思いも少し、俺の轍を踏まぬように期待したい。

 大敗が少なくなった。インターネットへ切り替えてレイトも¥100主体のせいもある。仲間内と本場参戦でもすると見栄も働く。つい的中時の表示車券が¥100券1枚ではみっともないと無理を承知でグレードアップしたり多点張りがみっともないと隠し車券まで用意したり人夫々無理に無理を重ねてしまう。負ける金額とスピードの速さは深層心理により増幅される。仲間の手前、友達の手前で車券へ無理を来たしていないか平常心では買わない守備範囲以外にまで手回しして的中時の一人的中快挙喝采にまで思いを馳せての買い漁り虚栄心は車券購入時にまで入り込む。無理なんだよ上手く冷静に投票しても負ける仕組みになっているのに格好までつけて

 お父様の野球に長嶋スタイルを取り入れては当然無理な相談だ。今月のWinning Run は早めに到着した。12月30日平塚グランプリを買ってくれとのサービスなのだろう。コマ切れ戦で東北の軌道型佐藤友和と山崎芳仁は別れるらしい。基本的に追い込み選手は渡邊晴智単独。買い目が多く車券分散してメンバー的には上出来の番組だ。選手コメントも聞こえてきた。逃げが番手を回る。2段駆けもあれば反面横の技術に甘い。ライン死守する意味もない。点の戦いになりそうで組み合わせは多岐に亘る。多点張り3連単向きなレースとなろう。グランプリ限定参戦組みへはお誂え向きなレースだお祭り的でこのレース1戦へ賭けるもよかろう負けを外れを承知でやればスポーツケイリンの観戦のみのお父さんにはただし日常的職業的プロの車券師なら数あるレースの一つに過ぎない。

 俄かファンと同列であってはいけない。何時ものスタンスで臨むが良い。俺は動ける選手の多いレースは車券対象外レースとして普段は買わないレースの範疇だ。付き合いで買っても九州車券で井上昌己→三宅伸7→3を¥100だけ買うオッズ30倍越えを条件に。オッズは多分20倍止まりかならば休むしかない。松戸もあるよと陰の声

(繰り返し)

 死ぬほど厭になる。どんな時だろうか。十人十色で個人差もあろう。経済的こと精神的こと肉体的こと社会的こと挙げたら限がない。生涯貧乏には慣れてはいるのだが競輪の的中がなく死ぬほど厭になっている。だからと云って儲けなくても良いから当てたいとも思わない。1点で当てながら儲けたいのである。元来100%負ける競輪でしかも1点で当てながら儲けたいと強欲を張るから逆方向へベクトルは作動する。止めれば外すことは無いが当てられない

 低所得層で競輪で負け続けながらよく生活できるのかって。それは外すことにも負けることにも低所得で生活することにも慣れてしまったからだと思う。だいたい1レース¥100投票を基本にする。連敗が続くとレースを休む。生活は家賃と少しばかりの食費で十分だ。

 衣食住廉価なもので間に合わせる。¥100ショップはお得意様だ。酒も飲むが安酒ばかりで焼酎は4Lビンをスーパーの安売り日に買い纏めて置く。世間とのお付き合いは殆ど避けて親しい友人は少ない否居ない

 細々競輪!細々生活!なんでも細々至上主義だ。体躯まで細々虚弱体質だ。在宅日は昼食は抜く。全然腹が空かない。意識しないで昼食は抜ける。だって派遣社員どころか惨め生活経験者だもの売血してまで通った競輪だもの。何でも犠牲に出来る。

 儲からぬもの負けるもの全て覚悟で続けてはいるが年貢の納め時だと反省する時が多くなった。正月用に口座へ資金を入金して何とか年は越せるがこのまま止めたいとも思う。人生否定になるのが辛い。

 競輪命の生涯だっただけに死ぬまで止めるやるの繰り返しだろう。

   (そんなの関係無い)

 年の瀬帳尻を合わせたいのは選手も競輪馬鹿も同じ。若し趣味で有り余るお金で車券を買う奇特なブログファン競輪ファンが居るのならこのブログへアクセスする価値はない

 競輪自体負ける仕組みになっていて百も承知でも今日の僥倖に預かろうとなけなしのお金を賭ける。これを繰り返して立派な競輪馬鹿が育って行く。不況だと云う。派遣員、季節期間工を主にリストラは始まり路頭に迷う。迷ってもハローワークにも仕事はない。100年に一度有るか無いかの経済恐慌らしい。でも俺の育った競輪場は戦後復興真っ只中で仕事のない労務者風男達で目は血走り何時暴動化してもおかしくない雰囲気でスリ喧嘩は場内所構わず勃発していた田舎から志を立て上京した田舎少年の俺は怖くて場違いなところへ迷い込んだと不安で仕方がなかった。この雰囲気に同化するに時間はいらなかった。以来競輪馬鹿を通している。不況だと聞くとこの昔の競輪場を思い出す。皆貧乏で仕事もなかった。日雇い労働もあったりなかったりで野宿は当たり前ギャンブル浮浪者で競輪場界隈はあふれていた。ただ活気はあった。

 現在の閑散とした競輪場が良いかは知らないが俺は昔の雰囲気が競輪をしてる感じが強い。不況で貧乏人浮浪者が街に溢れ競輪場へ押しかける。仕事がないから身銭の奪い合いだ。後発組みには悪いがこれが競輪の本流だと思う。レースなんて誰が勝っても関係ない。自分が買った車券が当たり日銭を稼げれば良い。他人は関係ない。あの小島よしおを正門入り口でパンツ1枚で踊らせてはどうかそんなの関係ない

  

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