意識の違う選手達
負けても負けても続けられるものである。趣味の域は遥か彼方へ置いて数十年戦後復興事業のひと助けの積りが立派なスポーツへ様変わりしたようだ。博打の選手たる自身の本分を忘れてスポーツ感覚で走る選手も居る。ファンの中にも博打の本文を忘れてスポーツ感覚で観戦する馬鹿も居る。ケイリンはスポーツかもしれないが競輪は博打である。何も強い選手が負けても何もおかしくないし勝つ義務も無い。それでもギャンブルファンを裏切る走りをしてくれては困る。同一レースにスポーツ選手の感覚で出走する選手も居れば博打の駒に成りきって参戦する選手も居る。意識の違う選手を同一レースに組み入れる低次元の施行者も自ら車券を買ってはどうか
チャレンジレーがその最たるレースでスポーツ感覚の新人選手と博打の駒に成りきった常識選手が乗り合わせて混乱してる様に見えるのだが。新人、外国選手の参入レースは別枠に車券対象外レースとしてスポーツ枠を設けて車券発売外レースを儲けてはどうかと思う。個人的には投票しないから影響は無いが意識次元の異なる選手を同一扱いするのは問題を残しそう。
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